第27回横浜開港祭 横浜開港祭会場:みなとみらい21・山下地区・新港地区・臨港パーク・その他周辺
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初めに……文献や研究により、考え方が異なる場合もあります。
※横浜・ハマことば辞典や横浜開港資料館資料(各書籍)、ホームページを元に作成されています
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* 桜木町・野毛エリア*
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西洋野菜
万栄元年(1860年)、神奈川奉行所が「アメリカ麦」の種を手に入れ、生麦と鶴見の両村に命じて作らせたのが始まりだと言われています。その頃、日本に滞在していた外国人が種や苗を輸入し、様々な西洋野菜を栽培し始めました。
同じ1860年代、山手で教会の牧師をしていたスミスとベイリーによって農園が開かれ「ベイリー農場」と明治中頃まで呼ばれていたものが営まれていました。本国より取り寄せた種で、野菜の栽培は勿論、牛や豚の飼育をし、それが日本人に紹介されたと言われています。
当時、日本人もこの西洋野菜には着目をしていました。根岸や磯子ではキャベツ・カリフラワー等が、吉田新田ではイチゴ・ピーナッツ・トマト、子安ではセロリ・ピート等が作られていたようです。
元々日本人は、野菜を生で食べることはあまりなく、大体が漬物にしたり、煮物にしたりして食べていたので、生の野菜にドレッシングをかけて食べるサラダは、とてもハイカラなものだったと思われます!文明開化の味がしたかもしれませんね♪
西洋料理店
明治2年(1869年)8月、長崎生まれの大野谷蔵が、姿見町(現在の末広町)にて、日本で最初の西洋料理店を開いたといわれています。
今では、横浜に数多くの西洋料理店(レストラン)がありますが、統計によると横浜市民が洋食で支出する外食年間支出金額は全国で1・2位を争うそうです!また、ハムやチーズ等の消費量も全国で1番になる位ですから、“ハマっ子”は、家庭でも外食でも洋食好き!なのでしょうか…?
カフェ・レストラン
文久2年(1862年)11月、日本で最初のレストラン「ゴールデン・ゲイト・レストラン」が開店し、元治元年(1864年)3月、日本で最初のカフェ「アリス・カフェ」が開店しました。
また、文久2年(1862年)、外国人の希望もあり、現在の元町に、雨森信成が我が国初めてとなる喫茶店を開店したという説もありますから、当時需要が高かった事が伺えますね!
ドリア
西洋料理の原点でもあると言われる「ドリア」は、昭和2年創業で横浜唯一のクラシックホテルである、ホテルニューグランド(山下町10番地)にて、初めて出されました。現在も「ドリア」発祥のホテルとして、有名です。
横浜パン
万延元年(1860年)、内海兵吉がフランス軍艦のコックから手ほどきを受け、自分で作った事が元祖だと言われています。日本の小麦粉によって作られたパンは、「パンだか焼き饅頭だか、訳のわからない物」と表現されたとも…。それでも他にパン屋がなかった当時、外国人達によく売れたそうです!
パンが日本に伝えられたのは、昔、戦国時代に遡ると言われていますが、日本の食生活に定着するきっかけとなったのは、やはり横浜開港後のことでした。開港当時は外国人の主食であるパンはほとんど自家製でしたが、横浜の急激な人口増加と居留地の外国人増加、その上、イギリス・フランス軍の横浜山手での駐留等によって、パンの需要が高まりました。
横浜パン店の開業の説はかなり多くあるようです!
居留地内製パンの中心にもなったと言われている、現在の元町付近には多くの美味しいパンやさんがあります。近年のパンブームでも人気の横浜パンが数多くあるので、ぜひチェックしてみて下さい♪
マッチ
明治8年(1875年)1月、アメリカから機械を取り寄せ、横浜平沼に工場を作った持丸幸助が、日本の元祖ということになっています。同年秋頃には東京でも製造が始まっています。
牛肉・牛鍋
慶応元年(1865年)、幕府は横浜居留地の食肉業者の為に、公設の牛馬を設けました。記述によると、横浜で牛肉の切り売りをはじめた日本人は、ハリスの通訳の雇われコックで、現在の元町にお店を開いたそうです。
また、牛なべは文久2年(1862年)頃、居酒屋を営んでいた人が売り始めたという説があります。
後の‘すき焼き’の元になった牛なべは、「我が国では古くから4つ足を食べることを忌み嫌う」といった長い間の因習もあり、また肉食を毛嫌いする人も多かったようですが、明治19年、政府の肉食奨励を受けて、元気が出る食べ物‘養生物’として、現在人気のある食べ物の1つになりました♪
牛乳
慶応2年(1866年)8月、中区太田町に前田留吉が牧場を作り、日本牛6頭を飼育して、牛乳絞り業を開始したとされています。
ラーメン
『ラーメン発祥の碑』が以前、中華街東門すぐの、とある中華料理店前にあり、明治3年(1870年)に初めてラーメンが作られたとされていましたが、碑も現在はなく歴史的な背景も不明です…。
サンマー麺
昭和20年代前半に、中区の中華料理店で販売を始めたと言われています。
広東語の発音で、サン(生 新鮮な野菜のしゃきしゃきとした食感。)・マー(馬 麺の上にのせること。)・メン(麺)から名付けられたそうです♪
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